3 幕府財政と改(悪)鋳
長引く慢性的な低金利政策により、歴史的な円安が続き、原油高、ウクライナ情勢によって、日本経済は疲弊している。大多数の日本国民は、賃金が据え置かれ、諸物価の高騰に喘ぎ、その生活は困窮を極めている。特に賃貸に住み、小さな子供たちを抱えながら働いている親たちにとって、この家賃高と物価高の生活は毎日が戦争である。裏付けのない行政の政策に振り回されながら、現代の大和撫子は、江戸のカミさん同様頑張っている。大正12年、首都圏を襲った大きな地震があった。その関東大震災後、婦人公論が東京に住み続ける東京人に、「あなたは何故東京が好きか?」という命題で聞き取り調査をした処、その回答はこうであった。①地方的因習的束縛を脱した自由さがある ②周りの人々が物分かりが良い ③変な我がない ④優しさ親切さがある。江戸の頃から現代まで、生活環境の劣悪さを超え、江戸・東京に住み続けるのは、こうした人を惹きつける、要因の方が勝っているからであろうか。
「貨幣改鋳 ・Money Recasting」とは、市場に流通している貨幣を回収して、それらを潰し金や銀の含有率や形をを改訂して、改めて市場に流通させることをいう。金鉱石不足の対策や、幕府財政の行き詰まりなどを補うために、金の質を上げたり下げたりした。改鋳による経済への影響は、市場に流通する貨幣量の変化と、貨幣の質の変化によつて発生した。長い江戸の歴史から見れば、改(悪)鋳は以前使われていた貨幣より数量を増やし、増えた分を差益(出目)として得ることを目的として行われるものが多い。理論的には、貨幣の増加はインフレに繋がり、物価の上昇を招く。逆に減少はデフレに繋がり物価は下落する。しかし、物価はこの様に理論通リに単純にはスライドしない。当時の物価は、農水産物の豊凶や災害、需給バランス、その時代の社会情勢などによって変動した。江戸時代260余年を通して、金貨は8回、銀貨は7回改鋳され、大判は慶長、元禄など5回、小判は10回発行された。また、江戸期を乏しく幕府は既定の収入の他に、新たな財源を見出し新税を賦課することはほとんど不可能であった。この為歴代将軍は、貨幣の改鋳によって出た差益を、慢性化した財政赤字の補填や、河川の改修、地震災害時の復興事業、大型建造物の建築、補修などに充てる他、方策を持てないでいた。
金融理論的には、市場規模の拡大と成長は、貨幣の需要を増加させる。それに伴う貨幣量の増加は、円滑な市場の拡大を促すという、好循環を生み出す。逆に、拡大した市場に見合うだけの、貨幣量がなければ通貨不足となり、人々は節約に走り景気は悪化する。貨幣を減らす政策は、米価をはじめとする諸物価が下落をもたらす。扶持米を売って現金に変え生活する旗本・御家人たち武士階級は、現金収入が減少となる。これに対し貨幣量を増やしインフレ政策を取る必要があったが、その政策で現金収入が多少増えても、インフレによるそれ以上の諸物価の上昇に見舞われれば、悪のスパイラルに巻き込まれ、環境は尚厳しくなっていった。江戸時代を通してに、武士階級は常に貨幣経済の犠牲者であった。
幕府財政の困窮を打開するため、江戸期を通して幾度の改鋳(悪)があったが、慶長小判100両に対する引き替え歩合は、元禄小判で378両、文政金でやや下がって348両、これに換算すると実に3,5倍から4倍近い物価上昇となる。この差額が各貨幣の成分を表示していることになる。幕府は改鋳の度に、金貨には銀を、銀貨には銅を増量、本来の高価な金属の含有率を低下させ、その差額を自らの利得とした。この差益分を「御益金」「御益納」などと称した。当時の「貨幣秘録」によれば、「按に吹き替えについての出目納を、文政以来御益金と唱え来れり、是小人上下を欺罔する辞なり。其品位を乏しくし、その軽重を損し、その数を細かにして益といふべけんや。仮令(たとえ)ば、一石の米を一斗ズツ分て、これに粃糠を加え各一石の数に充しめ、九分の益ありといふが如し、その実損ありて益ある事なし」と手厳しい。悪鋳による膨張する貨幣経済においては、貧富の差は拡大する。物価が上昇すればその分賃金はベアするから、差支えはないだろうと云うが、それは現代の公務員と大企業の話で、彼ら自身も素直にそうだとは思っていないであろうが、江戸時代の公務員=武士階級の昇給は、何代奉仕しようが、本人が何年勤めようが、よほどの引き、きっかけがない限り、その回答は「ゼロ」であった。幕府のインフレ政策、悪鋳に次ぐ悪鋳によって、固定された年俸はジリ貧の一途を辿っていった。
混乱する貨幣経済においては、全ての人間にとって安定はない。赤字国際の大量発行によって、負債を次世代に先送りする国も、いずれ倒産する時代がやって来る。ましてや、放漫経営や設備投資過多、過当競争による大企業も病院も倒産、淘汰されていく時代である。毎朝、働きに出かければ、お天道様と米の飯がついて回った時代は終わり、努力が正当に報われない、先が見えない時代になってきた。
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