ハレの日の色 初夏編 ①初鰹・新橋色・藍
夏も近づく「八十八夜」は5月2日、立春から数えて八十八日目、暦の上では「穀雨」牡丹が華咲く季節となる。この日を境に遅霜による被害の心配も無くなり、「八十八夜の別れ霜」と呼ばれ、数日後「立夏」となる。牧之原台地や狭山では、茶摘みの最盛期となり、夏野菜の胡瓜や茄子の植え時となる。二十四節気の「立夏」から「小満」までを初夏月といい、日本では1年中で一番過ごしやすい季節となる。新緑の木々の間を薫風が通り抜け、針葉樹がとばす芳香性の香り「フィトンチッド」を全身に浴び、森林浴には絶好の季節となる。初夏を知らせるホトトギス(時鳥・不如帰)が啼き始めるのもこの頃、鋭い声をあげて、夏が来たのを告げる。
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」素堂。ホトトギスが啼けば初鰹、濃淡に藍染めを染めぬいた、手拭のような柄をした初鰹は、時鳥の啼き声と一緒に江戸にやってくる。早春、枕崎沖から黒潮にのって、開聞岳を眺めながら太平洋岸を北上、室戸岬沖、熊野灘、遠州灘を泳ぎ切り、相模灘で5月・皐月の新緑を迎える。「鎌倉を 生きて出てけん 初かつお」芭蕉。棒振りが魚河岸から掛け声を挙げながら、江戸の巷をふれ歩くようになると、もう江戸っ子たちは職が手につかなくなる。「今年はどういう算段で初鰹を食べようか、女房の綿入れ半纏は質に入れぱなしだし」で、八や熊は頭を抱え「初鰹 銭と辛子で 二度涙」となる。江戸のころは辛子醤油で、江戸っ子たちは生き甲斐、初鰹を楽しんだ。
5月4日はみどりの日・ラムネの日。日本初の清涼飲料水として、ラムネが発売された日である。100年以上たった今でも「新橋色」のラムネは縁日などでお馴染みである。この新橋色(金春色)は、緑味のある浅葱色に近い鮮やかな青緑色(少し廻りくどかった)で大正時代に流行、新橋(金春)芸者に愛好された。この色をシンボルカラーとして使用している駅が、臨海新交通「ゆりかごめ」の新橋駅、柳を縞模様にして、新橋色を配している。因みに水色の宝石は「アクアマリン・海の水」日本名では「水宝玉」「藍玉」とよばれ、中世ヨーロッパでは船乗りたちの守り石であった。5月5日は「端午の節句」男の子の出世と健康を願って、江戸時代から始まったハレの日である。大森貝塚を発見したモースによると「世界中で日本ほど子供が大事にされ、深い注意が払われている国はない」という。しかし、それはだいぶ前の事であった。現在では子供や老人への虐待のニュースが流れない日はない。さて、空に泳ぐ「鯉のぼり」は、最近では一本幟の飾りでなく、小さな川や公園にロープを張って、真鯉や緋鯉、吹き流しなどに、カラフルな鯉たちも仲間に入り、五月晴れの碧空に気持ち良さそうに泳いでいるのを見ると、昔子供だった頃を思い起こし、何とも爽快な気分になってくる。江戸っ子たちのDNAを受け継いだ性なのであろうか。
紺碧の空・私の碧空を表す色は「水色」、水色は「瓶覗き」よりわずかに濃い色で、水色より更に淡い藍色を「水浅葱」という。「守貞漫稿」には、「特に淡きを水浅葱と云ふ、藍染の極淡なり」としている。「紅掛空色」は僅かに紅味を含んだ空色をいう。藍色系の色素の歴史は古い。古代より山藍による藍摺(葉をこすりつける染色法)があり、この色は、悪霊から身を守る神聖な色とされてきた。243年、卑弥呼が魏の王に送った貢物の中に、赤と青(藍)が混じった絹布があったという。藍染めの色は、藍白(スカイツリーの色はこれだとされる)から始まって、瓶覗き(白殺し)、浅葱、藍、縹(はなだ)、搗(かち)色、紺と次第に濃くなっていく。端午の節句に欠かせないのが、「ハナショウブ」と「矢車草」、ハナショウブはアヤメ科アヤメ属の多年草、別名ハナアヤメ、この花の色は白、ピンク、紫、青、黄色と多く、絞りなどを合わせると5千種類もあるといわれる。青・紫系は、藤色、青竹色、桔梗色、菫色、杜若色などと呼ばれ、「杜若色」は、菖蒲色よりも赤味の強い紫色をいう。杜若は菖蒲科の多年草で、名の由来は、花びらを摘み取って布にこすりつけて染めた事から、掻付花(書き付け花)、カキツバタとなった。「守貞漫稿」では「杜若ノ花色ハ エビイロ也」としている。江戸系など4系統があり、ハナショウブや杜若などを含めて「アヤメ」と呼称する習慣が一般的である。「いずれ菖蒲か杜若」と、美人を例える言葉には、いずれどちらも素晴らしい、見分けがつきにくいという、二通リの意味合いがあるという。矢車草(矢車菊)は、北海道か本州の湿った山林に自生する多年草、花の形が鯉のぼりの矢車に似ていることから付けられた。原産地はヨーロッパ東南部、別名「コーンフラワー」、コーンフラワーブルーは、最高級のサファイアの色素を表している。
江戸の三大祭り、神田は5月、山王は6月、深川八幡は8月、夏祭りの半纏は、江戸中期頃から職人たちの作業着として、愛用されるようになった。動きやすさを重視、従来の着物よりも丈を半分にしたことから、半纏と呼ばれるようになった。この半纏にも多く使われる「藍染」は、発酵させた藍に石灰などを加え、壺などに保存される。これに布地を浸し乾燥させる。この工程を何度も繰り返す事によって、藍色は深さを増していく。「張りとおす 女の意地や 藍浴衣」丈夫で強い臭いを発する為、マムシや害虫から身を守ってくれるという利点がある。更に、藍染の木綿は洗えば洗うほど色が冴え、保温効果も増していく。故に、伊達の薄着にこだわる大工や左官、大漁祝いの漁師たちの半纏、胴巻、手拭などに愛用され、商家においても暖簾、風呂敷、座布団と各方面に多用されてきた。さて、6月30日は1年間の繰り返し日、各地の神社では元旦から半年間犯した罪や穢れを祓う「夏越の祓い」が行われ、茅の輪くぐりも設営される。この輪に使った米藁を頂き、小さい輪にして自分の家の玄関先に飾っておくと、魔除けになるという。京都では、この日は「水無月」と呼ばれる和菓子を食べる習慣がある。白いういろうの上に、甘く煮た小豆がのせられている。(つづく)
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